人間 考

★ 人間について、色々と考える ★

「人間」に関わることついての、個人的な 「資料収集」 として、個人的な 「考察」 として、色々とあれこれ勝手に綴っています。


 REPORTERS WITHOUT BORDERS和名:国境なき記者団)が World Press Freedom Day(世界報道自由デー)の5月3日に、世界の報道自由度ランキング 2013年版(PRESS FREEDOM INDEX 2013)を発表しました。このランキングは「報道の自由に対する政府の中長期的な姿勢」が反映されているもので、日本は「福島原発事故に直接・間接的に関係する情報の透明性が欠如し、アクセスの尊重がほぼ皆無だった」として53位となりました(リンク)。

 以下、2013年の報道の自由度ランキングの掲載です(対象国:179ヶ国参照)。

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 劇訳表示。」より

(引用開始)


 ボストンマラソン爆発 オバマ大統領「犯人見つけ裁き受けさせる (「fnn-newsより )

 日本時間16日未明、アメリカ3大市民マラソンの1つ、ボストンマラソンのゴール付近で、相次いで大きな爆発が2回あり、これまでに3人が死亡、100人以上が負傷している。事件を受け、オバマ大統領が急きょカメラの前で、国民に向け声明を発表し、「犯人を見つけ出し、裁きを受けさせる」との決意を示した。事件発生からおよそ3時間後に発表した声明の中で、オバマ大統領は、国内の警戒態勢の強化と、事件の徹底捜査を指示したことを明らかにした。オバマ大統領は「まだ今は、捜査をしている段階だが、われわれは必ず犯人を見つけ出し、きちんと責任を取らせることを強調したい」と述べた。オバマ大統領はボストンに対して、必要なあらゆる支援を行うことや、必要であれば、全米で警戒態勢を引き上げるよう指示したことを明らかにした。その一方で、「まだ、誰が事件を起こしたのかはわからない」として、テロ攻撃だったのかどうかについては、あえて言及を避けた。しかし、ホワイトハウス高官は、FNNの取材に対し、「複数の爆発物が爆発したのだから、それは明らかなテロ攻撃だ」と明言したうえで、「外国のテロ組織なのか、国内の組織によるものなのかなどを解明しなければいけない」と述べている。事件の発生を受け、ワシントンでもホワイトハウス周辺の道路を封鎖するなど、万一の事態に備えている。一方、アメリカ議会では、15日夜に行われた採決の際に、急きょ、事件の犠牲者に対し黙とうがささげられた。事件の衝撃を物語っている。


【テレビ局リポーター撮影】




【二度目の爆発】




【ランナー撮影】




【事件直後に大会備品を盗んで行く集団】※画像リンク
名称未設定 1


(引用終了)


 以上、記憶に新しい「ボストンマラソン爆発事件」ですが、とりあえず、これは『アメリカCIAの自作自演』だったようです。まァ~、今までもこういうことは多かったですから「またか・・」と言う感想しかありませんね・・・。


 以下のリンクを上から順に読んで頂ければ、どういう事なのかよく分かると思います。

【速報】アメリカで爆弾テロ発生!!!ボストンマラソンのゴール付近で3回の爆発、既に3人死亡!!サウジアラビア人を拘束!!!犠牲者の中に8歳の子供が!! 2ch「ああもうこれは戦争だな」「CIAの自作自演か」「北朝鮮系アラブ人の仕業」「アングロサクソンミッション=第三次世界大戦が始まるのか」

ボストンマラソン国家テロ爆発><!衝撃映像。。紛争から内戦そして戦争まで起こしてきたアメリカCIAの演出だーー!

容疑者の父親:2年前に息子はFBIのインタビューを受けていた


 こちらは、「テロの真相」が分かる内容です。

イタリア最高裁判所の裁判長が明かす、世界のテロリズムの背後にいる者たち=ビルダーバーグ、NATO、ペンタゴン、CIA

☆イタリア最高裁判所の裁判長が明かす、世界のテロリズムの背後にいる者達とは☆


 みなさんも、ニュースでやっていたからと言ってそのまま鵜呑みにはせずに、必ず一歩引きながら見つめて行きましょう。こういう事は、昔から当たり前にあります。これからますます増えて行くでしょうから・・・。

 様々な分野で言えますが、世間に根付く大嘘に流されないように気をつけて行きましょう!


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 2012年の黙示録」より

 「わが身に危険が迫ってもこれだけは伝えたい日本の真相!の中の「情報操作(情報コントロール)」に関する内容です。私たち民間人がメディアを通して知る情報は、どれも情報コントロールされています。メディアが流す情報というものは、残念ながら真実などは皆無に近いです。私たちが世間で知る情報とは、権力にとって「都合のいい情報」に歪められているのが実態です。日本においては、このような事実を知る人がまだまだ少ないのが現状です。これらの情報操作は、国事、経済、産業、医療など多岐に及び、挙げればきりがありません。著者「船瀬俊介」さんの実地における生々しい話なので、ここに書かれている内容は実に現実味があります。

 最後になわさんの一言があります。なわさんはこのような内容に非常に精通しており、ご自身のサイトにて、これに類する多くの資料を紹介されており、より詳しく解説されています。気になられる方は、
2012年の黙示録 を色々と探索されてみてください!
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 2012年の黙示録」より

 この記事は「偽情報退散! マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」の中の【マスコミによる情報操作】の内容です。
 最後になわさんの一言があります。なわさんはこのような内容に非常に精通しており、ご自身のサイトにて、これに類する多くの資料を紹介されており、より詳しく解説されています。気になられる方は、
2012年の黙示録を色々と探索されてみてください!
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イラン人がタイムマシン(未来予知装置)を開発と発表!
2012年から世界のシナリオが固定された?
 (「正しい情報を探すブログ」より )

かなり前からこのニュースを私も知っていたのですが、ちょっと半信半疑でブログなどでは取り上げないようにしていました。しかしながら、この「タイムマシンを開発」という発表した後にイランでマグニチュード7.8の巨大地震が発生したり、開発者が非常に興味深いことを述べていたので、今回はメモも兼ねてご紹介します。


☆イラン人が発明した「タイムマシン」の仰天能力
URL http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/132183/


引用:
イラン人科学者が、タイムマシンを発明したと主張し、複数の欧米メディアが11日、大きく報じている。この人物はテヘランのアリ・ラゼニ氏(27)。命名した「アリャイェック・タイム・トラベリング・マシン」を国営戦略発明センターに登録したという。装置はデスクトップパソコンほどの大きさで、使用者が触れることで未来に送られるという。しかし、SF映画のように使用者自身が未来に行けるわけではないようだ。

 ラゼニ氏は「私はこの10年、タイムマシンの発明に取り組み、時間をマスターした。使用者のアルゴリズムを測定し、98%の精度で5~8年後の未来に起こることが詳細に書かれた紙が印刷されるデバイスを発明した。使用者を未来に連れて行くのではなく、未来を使用者のところに持ってくる機械です」と語る。

占いとあまり変わらないような気もするが、使う人によってそのすごさが浮き彫りになるとも強調する。「政府の要人が使えば、外国との軍事衝突の可能性を予測でき、為替や原油価格の変動を予測することができる。5年後が分かってしまうということは、ひょっとしてイラン政府が革命によって変わってしまっているという未来が出るかもしれないが、分かっていれば事前に備えることもできる」(ラゼニ氏

 ゆくゆくは大量生産し個人が所有できるようにしたいとしているが、友人や親戚からは「神にでもなるつもりか」と非難されているとか。

「米国は私が費やした数倍のコストをかけて似た研究をしており、近々、私のレベルに達しそうだ」と話すが、世界に向けてプロトタイプ版の機械を発表する気はまだない。理由をラゼニ氏は「プロトタイプを公開したら、中国人がアイデアを盗んで、何百万人も動員して一晩でパクリ版を作ってしまうので、まだお見せできない」と話している。
:引用終了


「タイムマシン」という言葉を空想上の物のように感じている方は非常に多いかと思いますが、実は時間を移動する方法は現代科学でもいくつかの具体的な理論が判明しているのです。
アインシュタインなどは「タイムトラベルは理論上可能」との研究結果を出しています

もちろん、それを実現するためのエネルギーや技術などを人類は持っていないため、理論上だけでの話し止まりとなりますし、実際にしてみないと成功するのかも分かりません。


☆相対性理論とタイムマシン



ただ、アメリカなどの国々は国家的なプロジェクトとして未来予知や時空を操る技術開発などに力を入れているのは紛れも無い事実です。(スターゲイト・プロジェクトなんかは有名

イランの学者が発表したタイムマシンとされる装置も概要を見てみると、実際の所はタイムマシンではなく、未来予知装置という感じで、かなりの現地味があります。何故ならば、高性能なコンピューターも一種の未来予知装置だからです。

天気予報なんかも極端な話、未来予知と言えるでしょう。ですので、イランの学者が発表した機械も「タイムマシン」と捉えてしまうから大袈裟に感じてしまうだけで、コンピューターの予測能力を強化した特殊な機械とでも考えて頂ければ、違和感はなくなります。

もっとも、現物の写真などを見ていないため、私も断言はできませんが・・・。

私は時間というのは1つではなく、無数の可能性の束のような物と考えています。ですので、過去にタイムマシンで行ってトラブルを起こしたとしても、いわゆるタイムパラドックスというような現象が発生しないと推測されます。(最先端物理学などでは、パラレルワールドの存在を示す情報が多数出てきてます。LHCなどで行われた研究結果などを見ると、平行世界の存在を否定するほうが難しいです

ただ、過去に行って問題を起こせば未来が変化してしまうため、どんなタイムマシンを作ったとしても自分が元に居た世界に戻ることは不可能になるとは思いますが・・・。(時間軸がズレる

更に言えば、この世界の構造自体が生き物達の判断で変化するような仕組みをしているとも言えるでしょう。この辺については時間がある時にしっかりと別記事で書きたいと思いますが、例え神様と言われるような存在が居たとしても、生き物の意思がこの世界の根幹を作り上げていることは揺るがない事実です。

よく宗教とかで「神に逆らうな」とか「神の言うことは絶対」というような言葉がありますが、自分で考えることを放棄するということは、生き物として生きることを放棄したのと同意義だと私は思います。
この世界では生き物の意思こそが絶対であり、生き物の意思の集合体が世界の形を作っています。なので、私は全ての意思の持っている物が神様であり、その一部であると見ています。

話が脱線してしまいましたが、どうにも「2012年を境目に世界の流れや状況が劇的に変化した」というような情報が多数あるのです。実際、世界情勢も2013年に入ってから急激に動いており、このままでは2013年から世界情勢が激変してしまうと私は感じています。
ですので、そのような大変動が起きる前に「意思を持っているものが神様であり、あなたも私も世界を創っている」ということだけは伝えておこうと思いました。


☆イランの科学者が「タイムマシーン」を開発したことを公表した
URL http://archive.mag2.com/0000101181/index.html


引用:
「ルッキンググラステクノロジー」で未来を見たところ、いくつかの「タイムライン(時間線=未来の予定の時間スケジュール)」を見ることが出来たといわれる。

人類にはいくつかの未来が待っていて、なかでも「Tv83(Time line variant 83)」なるものは、最悪のスケジュールで、どうやらこれが我々が「ヨハネの黙示録」に一番近い、核戦争による人類終焉のスケジュールということらしい。

あまりに悲惨な未来で文書にできないのだという。しかしながら、興味深いのは、タイトルに「変異(Variant)」とあるように、ある時刻で見た未来像というものは、その後の人々の願いや想念によって微妙に変化して行くものらしい。
それゆえ、100パーセントの確実な未来が存在し、1つの歴史が「運命」や「宿命」のように、避けられないというものではないのだという。
それゆえ、未来像も刻々と微妙に変化して行くのだそうである。
つまり、我々が良き未来を願って良きことを行えば、未来像もまた良い方へと変化する。逆に我々が地獄絵を思い描くと、未来像も地獄絵のようになり、徐々にそのタイムラインに沿って現実が実現する。どうやらそういう事情のようである。

極秘任務でエリア51に勤務したことのある軍人の一人は、次のように証言している。

「エリア51には、『スターゲート』と『ルッキンググラス』と呼ばれるプロジェクトが存在していた。
しかし、私がいた時期にはこれらのプロジェクトは困難に遭遇しつつあった。米軍とその支配勢力は、これらのプロジェクトによって、精密な未来予測を行っていた。未来予測には、多くのスーパーコンピュータが使われていた。
予測の結果が好ましくないと、予測した未来を変更するためのシナリオが実践的な練られた。実際、好ましくない未来は回避することができた。
しかし驚くべきことに2012年の終わりあたりから、どんなシナリオあっても到達する未来は一緒であることが明らかとなったのだ。これまで変更可能だった未来の出来事が、どんな手を使っても変更できなくなったことが明白になったのだ」

「私がサイキックの訓練学校に配属されたのは、これを回避するための方法を見つけだすことが目的だった。私は問題を分析し、その解決策を見つけることには高い能力があったからだ。だが、どれほど分析しても、私もコンピュータと同じ結論にしかたどり着かなかった。
どのような方法でも、2012年の終わりには同じ未来にしかならない。絶対に回避できないことが分かった」
:引用終了


時間というのは常に動いている生き物の様な物です。この時間の流れに翻弄されずに、あなたが望む世界を創り、今の時間から望む世界に移動してください。あなたも私もテレビの向こうにいる凄い人達も皆同じです。誰かに従うのでは無く、自分の望む世界を自分の手で作りましょう。
※ 整理するとこの世界の構造は「過去」「現在」「未来」に「並行世界」と「時間軸」が複雑に絡み合っているということです。色々な超常現象の類もこの観点からある程度の説明が可能。


☆未来からの警告ジョンタイター


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 [超図解]竹内文書Ⅱ」 高坂和導(著)より


 カガミから「ガ(我)」を取ると「カミ(神)」となる。つまり、鏡に映った自分の姿から我欲を取り去ることができれば、神なるものを内在した真の自己に出会えるのだ。
 これが天皇の行っていた自霊拝という行法で、自分の霊格を高めるものである。

 また、カガミは、冷静に物事の状況を比べて考えることを意味する「鑑みる」や、反省を意味する「顧みる」にも通じ、自己を客観視することも意味する。
 己の心から我を取るということは、自分の執着心を捨てるということである。
 執着心は心の曇りとなり、自らを客観的に見ることを妨げる。
 それは鏡が曇ると、自己の姿をはっきりと映し出すことができなくなるのと全く同じことである。





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 超日本人の時山田雅晴(著)より


 古神道

 神道という名称は、仏教と区別するためにつけられた言葉である。古神道とは、国家神道、教派神道と区別するための言葉であり、仏教が渡来する前の縄文・弥生時代の信仰であり、自然と祖先神を中心としたヤオヨロズ(八百万)信仰の事を言う。

 日本人は一切に神が宿ると考えていた。万物が仲間同士であるという万物同根思想が根底にある。この古神道に「自神拝(自霊拝)」と呼ばれる鏡を使った奥義の行法がある。これは鏡に映る自分の神性に向かって拍手を打って拝礼し、自己の神性・霊性を高める方法である。

 自神拝で自分を拝むというのは、自己を過大に評価する事ではなく、自己に秘められた神性を自覚する事であり、自分に宿る無限の可能性に目覚める事である。そして、家族と自分、祖先と自分、天地の神と一体であり、万物と一体であり、永遠の命であると実感し、自己に秘められた宇宙意識に目覚める事である。

 古神道ではこころこそ神であるとする。人間は修行して神になるのではない。この身このままが神であると知って神の行いをすれば、すぐにそのまま神なのである。神と人間である自分を隔てているものを取るのが修行である。カガミの真ん中のガ(我)、つまりエゴ、そのガを取るとカミ(神)になれる。

 宗教が宗教であるための条件とは、「教祖」 「聖典」 「教義」を有している事であるが、古神道の場合、教祖はいないし、聖典・教義もない。なぜなら、神道は教(おしえ)ではなくて、道(みち)だからだ。人間の肉体を「神の宮」とし、直霊が「ご神体」になっている。神道とは、神に至る道であり、自分の足で踏みしめて歩いていく道である。神道という教えや宗教があるわけではないのである。





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 太陽の神人 黒住宗忠」より (P34~P39)


 陰極まって、陽に転ず

 宗忠は自分の人生を振り返り終えて悔悟とお詫びをした後、安らかな気持ちになった。
 床の中で、それまでずっと信仰してきたお天道様を拝みたいと思い、「縁側に私をかつぎだしておくれ。お日さまを拝みたい」と頼んだ。
 医者からも「病人が望むようにしてあげるように」と言われていたので、家人はふとんぐるみで縁側に連れていった。

 宗忠は幼い時からお日さまが大好きだった。いつ拝んでも、お日さまは美しく、明るい。その時の彼には、お日さまはなつかしくさえ感じられた。温かい光が彼の全身をいつくしむように包んだ。
 宗忠はゆったりした気持ちで、太陽の光の有り難さを味わっていた。すると、胸のあたりがなんだかポカポカとしてきた。それは凝り固まった自分の心のしこりを溶かしてくれているように感じた。そうやって、心の中から「有り難い」という思いが湧いてきたのである。


 有り難きことのみ思え
  人はただ今日の尊き今の心の


 この歌はその時の心境をうたったものである。

 彼はハッとした。

 「そうだ! 私は父母の死を悲しむあまり、陰気になっていた。
 自分がこんな重病になったのは、心がふさぎこんで陰気になったためだ」

 彼はギリギリの絶体絶命のところまで行って、やっと気がついたのだ。まさしく “コロンブスの卵” だった。
 その時彼は、太陽の光は自分に、「陽気になれ」と教えてくれているように感じたのだ。

「陰気を追い出して、心を陽気にするのだ。悲しみから離れ、心を開くのだ。
 せめて一息ある間でも陽気になろう。それこそが自分を生み育ててくれた親の親たる神さまへの孝行だ。
 今までは親の恩に報いることばかりを考えて、大親である神さまへの孝行を忘れていた」

 なんとも不思議なことに、これを契機に徐々に病気が快方に向かっていった。死の一歩手前までいった宗忠が、土壇場まできてよみがえったのである。まさしく “陰” 極まって “陽” に転じたのである。これを「第一次の日拝」という。

 当時は、労咳にかかって生還した者はほとんどいなかった。
 医者も易者も、「これは奇跡としかいいようがない」と驚くしかなかった。

 さて、みなさんは次のような疑問をもつかもしれない。「今にも死にそうな病人が、心を入れ替え、太陽を拝んだり、陽気になるだけで病気が好転するものだろうか?」と。

 答えはイエスである。

 昔から日の出の太陽を拝することは長寿の秘訣とされ、現在もそうすることで、ガンや精神病、難病が好転したケースが実際にある。早起きを苦手とする現代人は、このシンプルな方法を忘れてしまっているだけなのだ。

 こうして二ヵ月ほどたった三月一九日のこと、宗忠は自らふとんからはい出て、久しぶりに風呂に入った。病臥(びょうが)して以来の垢をすっかりと洗い落とした。
 妻のいくは、危機は脱したとはいえまだまだ安静が大事だからと説得したが、宗忠は頑として、日の出の太陽を拝みたいと言って聞かなかった。宗忠の親友の小野栄三郎は、「本人がそこまで言うのなら、やらせてあげたらいい。自分も付き添おう」と申し出た。

 太陽の光を全身に浴びながら、宗忠は思った。

「ああ、お日さまは私が嘆き悲しんで、寝込んでいたこの二年の間、一日もお休みにならずに、照らしてくだすったのだなあ。ほんとうに自分は天地の恩を忘れていた」

 天地の大道(たいどう)に死はない。お日さまの光には善人、悪人の区別もえこひいきもない。天地はただ人間を生かしたいばかり、助けたいばかりだ。生きる修行をすればよいものを、それまでの自分は勝手に苦しみもがいて、一生懸命に死ぬ修行をしていた。死ぬほど苦しい修行はない。それに比べて、生きる修行はおもしろい。

「そうだ、生きるのが太神の道だ。これからは死ぬる修行はやめて、生きる修行を始めるのだ!」

 宗忠は叫んだ。はればれとした、すがすがしい気分だった。

 後に宗忠は述べている。

「道は “満つる” なり。天照太神のご分身の満ちて欠けぬよう遊ばさるべく候。
 人は陽気ゆるむと陰気つよるなり。陰気勝つ時は穢れ(けがれ)なり。
 けがれは気枯れにて大陽(だいよう)の気をからすなり。其所(そこ)から種々いろいろのこと出来するなり」

 まさしく穢れとは “気枯れ” である。
 大陽とは「天照大御神のご陽徳」であり、穢れとはそれが枯れてしまうことである。

 太陽物理学においては、地球上の生命は、太陽の光が大地に放射されて、反応したことによって誕生したとする。それは単に物質的な太陽光線を浴びたということだけではなく、その奥に流れる生命力によって、「天の気」と「地の気」が結ばれて誕生したと考えた方がよいだろう。それを宗忠は「大陽」と称したのだ。

 地球の生命の一員である人間は、「小太陽」であり、「小地球」である。人間は生命エネルギーとしてのオーラ(後光)を放射しているが、そのオーラは人間という「小太陽」から発するコロナだともいえる。

 オーラは人間の体から発する微細なエネルギーで、仏像の背後にある「光背(後光)」は、実は仏さまのオーラを表現しているのである。

 彼は「大陽」を体いっぱいに吸って、枯れていた気を満たし、ケガレをはらったのだ。彼の心は開け渡り、性格もさらに陽気になっていった。これを「第二次の日拝」という。そして半年後、彼の一生を決定する運命の日が訪れることになる。




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 太陽の神人 黒住宗忠」より (P19~P23)


 善人にも罪あり、悪人にもまた道あり

 ある朝、彼は布団の中で激しく喀血した。
 みるみる布団が真っ赤に染まってしまうほどの大量の血を見て、絶望感をつのらせていった。
「ついに来るものが来た。私ももはや永くないかもしれない」

 近所に住む宗忠の幼友達である小野栄三郎が、宗忠が助かるかどうか、近くの有名な易者に相談に行った。
 その駅舎は占いのぜい竹で卦をたてた後、沈痛な面持ちで次のように告げた。
「この人は両親のことで心を痛め、そのためにこの病を引き起こしている。たいへん心の立派な人であるが、寿命は完全に尽きてしまった」

 続いて文化一一年(一八一四年)の正月過ぎのことである。
「残念ながら、あと一、二日の命です。遺言があれば聞いておくのがよいでしょう」
 医者は宗忠の妻いくに、彼の死の宣告をした。宗忠もすでにその言葉を覚悟していた。

 村人たちは、医者からさじを投げられた宗忠のことを噂し合っていた。
「まったく神も仏もあるものか。あんな孝行息子がこんなに早く死ぬなんて、まったくこの世は理不尽だ」
 善人がこのような不治の病のために死に、一方では悪い者が栄えている、神仏は本当にいるのか、と誰しも思わざるを得ない。

「憎まれっ子世にはばかる」
 よく使われる諺である。これは現代においても全く同じで、誰でもなぜなのかと疑問に思うことであろう。
 しかし、実はそれには理由がある。
 というのは、このころの宗忠は知らず知らずのうちに、「善人の罪」をつくっていたのである。いわゆる「善人」といわれるような人は、概して心が弱く、わずかのことにも物を苦にし、心を痛めるものである。

「あの時にこうすれば良かった。あの人には悪いことをした。きっと今頃怒っているだろう。ああ、自分は何ということをしたんだ」

 そして、自分で自分を責めさいなみ、また、悪いことをした人をも自分の尺度で裁き、心の中で責めたてる。
 それが「善人に罪あり」ということになるのだ。

 天地の大生命力の片時もやむことのない生命の道、ムスビ(産霊)の道に反して、停滞してしまっている状態こそが「罪」である。「罪」とは「包み」と同意語で、神の「ご分心」である自分の心をマイナスの想念や行為で包み隠して、本来の自在力を発揮させないことなのである。

 自分の心を自分で傷めると、それが不幸・不運となり、最悪のケースとしては死に到る。
 一方「悪人」の場合は、その行為の内容は当然神の心にそわないが、その代わり、心が強くてクヨクヨ悩まないので、心を痛めるという罪をつくらないのである。
 また、大盗賊などは酒盛りをしながら、「ワッハッハ、飲めや歌えや」と豪傑笑いをして、心が陽気である。
 つまり、諺にある「笑う門には福来る」を無意識に実行しているわけだ。
 そこにこそ、悪人が一時期栄える原因がある。

 後年になってから宗忠は、自分の体験を踏まえて、門人たちに次のように戒めている。

「善人の罪をつくるな。心を明るく保ち、決して自暴自棄の心になるな」

「善人にも罪あり、悪人にも道あり。何ほどの悪人にても、その良きところは必ずあるものなり。
 いっさい良きものと、悪きものと入れ違うておるだけなり。
 天地の間に何一つ捨つるものなし、捨つる人なし」

 さらに、悪人からも見習うことがあるとして、

「石川五右衛門は盗賊で、決して世人の手本にすべき人間ではない。
 しかし、あの心の強いところだけは学びたいものである。
 人に悪人はなし。悪人と申す者は、心の強きものにて、心の力余るだけのものが悪をいたすなり。
 その悪を止むめればほんとうの善人なり。今、善人と申すは、心弱き者ゆえ、悪をもようせぬなり。
 強きところを悪人に学んで、我が正しき道を守らば、それが真の道人なり」

 と述べている。

 これらの言葉から、宗忠の生命哲学が、こう着した善悪論をふりかざす宗教家や、江戸時代に流行した儒学の観念的な道徳論理を述べる儒者とはまったく違っていたことがわかる。そして、その「心弱き人」の心を強くし、「心の強い人」を正しい道に導く方法として、「神のご開運を祈る」という画期的な方法を編み出すことになるのである。




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 クンバハカ法  (「Tem Pu Online - 天風」より )

 天風先生講話 昭和35年  後半部 抜粋

 ヒマラヤの山麓、現代の文化からほど遠いヨーガの里に、クンバハカ密法がありました。

 それを習得することによって、己の心身が自分でも信じられないほど、見違えるように変わってしまった。
 たいへん効果のあるもんなんです。

 しかし、たいへんに難しいものであるから、長年ヨーガをやった人か、私のように軍事探偵のような特殊な訓練を受けた者でないと、なかなか習得できない。そこで、昭和7年頃から今あなた方にこれから教えるような、本物のヨーガのクンバハカ方法を、現代文化の日本民族に実行しやすいように組み変えてみました。

 それでも、非常に効果がありますよ。本物はもちろん難行苦行に耐える体を造るためですが、これから教えるのは「神経反射の調節」さえすればいいんだから、目的が自ずから違いますから、難しい理論は本に書いてあるから本を見て、ここでは方法だけをおそわりなさい。

 それはね、感情や感覚に衝撃刺激が来たなら、いきなり驚いたり、怒ったりすることを止めようとしたってだめだから、それはそれとして置いといて、先ずとりあえず、一番初めにやらなくてはならないものは、肛門をキューと締めちゃうこと。気がつくたんびに、きっとあなたがたはお尻の穴が開いているってことを経験しますよ。まぁ見えない所だからいいと思っているだろうけど、お尻の穴というものは、本当は開いていてはいけないもんなんです。

「いや締まっています」と言っても、それは自然の括約筋で締まっているだけで、特別に自分の意識的な緊張はしていないじゃないかな。そうして、肛門を締めると同時に、臍下丹田いわゆるヘソを中心としたお腹にグッと力を入れる。このグッと力を入れるのは、全生命の肉体の重心を、安定せしめるためなんだ。それと同時に、肩の力をヒョイと緩めちゃう。肩が上がっていると横隔膜が上がり、神経反射を完全に消滅できない。横隔膜をグッと安定せしめて、全生命の重心を臍下丹田に押し付け、肛門を締める。

 最初の間は、なにはともあれ、何時でも肛門が締まっている自分になり得るように、折りあるごとに、時あるごとに、肛門を締める努力をしなさい。歩く時でも、座って立ち上がる時でも、座る時でも、肛門を締めといて、いや、もっと厳密なことを言えば、「えへん」と咳払いする時も締め、「おぃ」と言う時も締めて、「はい」と返事するときも締めて、だんだんそれを練習していくうちにひょいと気がつくのは、本当に尻の穴というものは、今まで知らなかったけれども、いつも開いているな~と気がつく。

 これはね~、尻の穴を開けといても、急激に突発的な変化がなにも起こらないから、その必要を感じなかったかも知れないけど、これがインドのような猛獣や毒蛇の多い所に行きますと、尻の穴が開いているとすぐにやられてしまう。だから、犬があなたがたに吠えついたりしたら、尻の穴を締めてジ~と犬の顔をみていたら吠えるのをやめてしまうから。人間の目には映らないけど、ああいう動物というものは、人間のもたない感応というものが非常に鋭敏なんです。だから動物の目には、肛門が締まっていると体から出すオーラが違うんです。オーラとはフランス語で「見えない光」でして、その見えない光が動物には見える。視覚神経に映るのであります。だから、肛門を締めてジーと見つめている者には吠えたりしない。私が虎のオリの中に紋付袴のままで入って、大きな虎と一緒に写真を撮ったり、 鶏が私の前でパッとすれば動けなくなるでしょう。これはみな、自然に私の体からオーラが出ているからなんですよ。ですから、どんな場合だって、私の肛門は生理要求のある以外は開いてなどいません。

 人間は万物の霊長だもん、誰でもそのように成れますよ。私だけでなく、あなたがたも成れるのです。だから、あなたがたもそのように、体の方を何時でもなれるように習慣ずけ、何時も肛門の締まった人間になるようにしないといけません。肛門さえ締めておけば、あとの腹に力を入れ、肩を落とすなんて、わけないことです。それを普段なんにもしないでもって、いざお尻だ、腹だ、肩だと言っても間に合いません。

 実行しないで聞き放しでは、何時までたっても上達しません。実行せずに理屈だけ聞いても上手くなれません。おまけに、これはいちいち隣のおばさんや、おじさんに頼む必要もないんだ。己の現在もちうる体でできるんだもん。一番練習しやすいですよ。これをやっていると、ただ単に神経反射の調節法ができるばかりでなく、神経の生活機能を旺盛にし、内蔵の全ての調子もよくなり、息切れなんてものはなくなってくる。

 とにかく、わずかな方法でもって、それが自分のものになってしまうと、自分でもこれが自分の命かいなと思うほど幸福を感じますから。やさしい方法だろ、わけない方法だろ、理屈は今は厳密に知らなくていいから、まず実行しなさい。

 (以上、抜粋)




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