クンバハカのすすめ (「Tem Pu Online - 天風」より )

 五輪の礎

 クンバハカは天風五輪書の礎となる基本体勢です。

 母なる大地に両足を踏まえ、「肩の力を抜き、肛門を締め、下腹に気を込める」ことで、クンバハカの体勢となります。

 クンバハカは人生を活きてゆく上でたいへん心強い味方になります。私たちの感覚や感情は刹那刹那に絶え間なくいろいろなストレスを受けています。クンバハカはこうした外界からのストレスを正当に受け入れ、平穏な心を維持させて心身を守ります。たとえば男性なら武士の帯刀であり、女性なら護身の懐刀です。今風に言いますと心身のSPガードマンです。

 私は家族の者に対し天風哲理を押し売りしてませんが、「肩の力を抜いて、肛門を締めておけ」と、このことだけは折りあるごとに繰り返し言い聞かせています。この身構えさえできていれば、とりあえず世の中を渡って行けるからです。誰のものでもない自分のかけがいのない心身なのですから、これくらいの姿勢は面倒がらずにマスターしましょう。

 2011年 3月11日、突然に襲った東日本大地震は、私たちの心を大きく揺さぶりました。大地震と津波は恐怖感というガレキを心の中に残しました。多くの人は絶え間なく続く余震の中で、いつまた大地震がくるのかとビクビク怯えながら生活しています。

 マスコミや週刊誌は、恐怖感をさらに煽り、明日にでもまた大地震がくるかのように書きたてています。こうした風潮が強いストレスとなって、私たちの心身に悪い影響を与えています。

 私の知人にも地震の恐怖からしばらくの間、神経過敏症になってしまい、小さな余震にも怯えていました。また、不眠症に悩んでいる人や、狭い部屋に一人で寝ることができなくなった人、洋服を着たままで寝ている人もいました。

 そのうえ大津波の災害による福島原子力発電所からの放射能漏れのニュースは、私たちの元気を萎えさせています。放射能は目に見えないので、かえって妄想をかりたて不安感を増幅させています。今はこうした風評放射能被害で、多くの人の心まで汚染されてしまわぬことを願うばかりです。

 私たちの毎日がこんな恐怖感や不安感のストレスのでしたら、たまったものでありません。心理学的にみても恐怖感や不安感はいろいろな神経障害をもたらしています。恐怖感ほど人生に害を及ぼすものもありません。

 しかし、いったん恐怖感や不安感に陥いった人に、「怖れるな」と言ったところで、なんの説得力もありません。恐れうろたえている心理状況の時に言葉は無力です。私も「こうした時にこそクンバハカです」と言いかけて、今は無理かと思い留まり、口ごもっています。

 イエス・キリストは「恐れるなかれ、恐れたことは汝の身にふりかかる」と言ってます。聖書に「恐れるな」という言葉が、366回もでてきます。恐れとはそれほどよくないことなのです。しかし、理屈ではわかっていても、やはり怖いものは恐いわけです。現実に起こってしまった恐怖感は、説教や説得に耳をかしません。

 さりとて、科学的に地震の構造を解明し予測ができたとしても、科学では地震を防ぐことはできません。また、神仏に地震が来ないように祈っても来る時には来ます。科学でも、宗教でも、いわんや政治では地震を止められず、私たちの恐怖感や不安感を解消することができません。しかし、これではいったん怯えてしまった心は救われません。

 ではどうしたらよいのでしょう。このまま恐怖感と不安感を宿命として受け入れて消極的に生活してゆくことが、地震大国、日本の行く道なのでしょうか。

 否、私はやはり、ここでクンバハカをお勧したく思います。

 現実の問題は、現実でしか対処できません。東日本大震災からの復興には、先ずガレキを撤去し、防波堤を築くことが必要になります。心の復興にも心の中のガレキを除去し、防波堤を築くことが必要になります。地震にも揺れず、津波にも流されない、強い心の防波堤を建設することが必要になってきます。

 その心の建設の第一歩が、クンバハカとなります。



 なぜ、クンバハカなのか

 物質文明と情報化時代に生きている私たちは、地震や放射能漏れのニュースだけでなく、毎日の新聞やテレビのマスメディアやインターネットから世界各地で起きた衝撃的な映像や、異常気象の報道が流れてきて、私たちの心を暗くし不安をかき立ています。

 一方、身近な日常生活でも将来に対して漠然とした不安を感じています。家庭内の諸問題、仕事上の問題や人間関係からくるストレスが累積されて情緒不安定になっています。最近の都市部におけるノイローゼや心身症の増加、ここ十四年間、毎年三万人を越える自殺者が不安定な社会を如実に物語っています。もはや精神疾患は五大疾患の国民病になっています。

 しかし、私たちはこうした外界からの衝撃や刺激を避けて通ることができません。もし外界から押し寄せてくるこうした衝撃や刺激に対して、なんら身構ることなく無防備に引き受けていたら、たちまち生命エネルギーが消耗してしまい、命がいくつあっても足りません。ついには悲しむべき価値なき消極的な人生が生まれてしまいます。

 いったん神経が過敏になりますと、たとえ小さな刺激でも神経が過剰反応して脳に伝えられパニック状況に陥ってしまいます。そしてどんなに幸福に恵まれていても、恵まれていると思えなくなります。気持ちが萎えてしまい、花を見ても、月を見ても、何を見ても人生を楽しもうという気になれません。見るもの聞くものすべて心配や取り越し苦労の種になってしまいます。

 多くの人は神経過敏になると人生にどれほどの不幸をもたらすか知りませんし、考えもしません。考えないというよりも気がついていません。そして神経過敏が当たり前のように思い込んで、毎日を過ごしています。

 こうしたストレス過剰な不安定の時代に生きて行くには、心を防御するなんらかの対策が必要になってきます。外界から有害な衝撃が襲っても、心の強さを維持できる身構えが必要になってきます。

 この身構えとしてクンバハカがあります。

 毎日の生活を通して、恐ろしいことや、腹の立つこと、心配なことなどで感情や感覚に刺激を感じたら、瞬時に 肛門を締め上げ、下腹に力を込め、肩の力を抜き、クンバハカ体勢をとります。こうすることで心に衝撃を与える隙間を防ぎ、外界から刺激を感じても、神経系統への影響を最小限にくいとめることができます。クンバハカすることで、すべての感覚や感情のショックやストレスを受けるたびに、心に正しい受け入れ方をして脳神経に行く動揺が緩和されてきます。

 外界からド~ンと来た衝撃を、正面からまともに受けていたらたまりません。瞬時にクンバハカして身構えれば、外部からの衝撃が緩和され最小限ですみます。大きな衝撃が来ても、それにぶつかりさえしなければよいわけですから、ド~ンと来たら、サッと軽くいなすことです。剣の極意にある、切り込んで来る大刀を、風三寸で受け流す技と同じように相手にしないことです。

 天風哲人は「新幹線にまともにぶつかれば粉々になるが、瞬時にひょいと身をかわせば、列車はすう~と横を通り過ぎてしまう。結局は相手にしなければいいのだ」と、言っています。

 このようにクンバハカすることで感情や感覚が安定して、何事にも冷静な対応ができるようになりますから、有事に際しても虚心平気に行動ができます。

 自分の心はあくまでも自分で守らなければなりません。それがわずか、肛門を締め、肩を力を抜き、下腹に気をこめることで簡単にできてしまうのですから有り難いことです。

 しかし、たいへん惜しむらくは、多くの人がこれほど簡単な自己防御法を未だに知らずに、毎日を過ごしていることです。クンバハカを実行している人と、していない人とでは、その後の人生に大きな違いが生じてきます。

肩の力を抜き、肛門を締めて、下腹に気を込める」 たったこれだけのことですから、やる気になりさえすれば、誰にでもできます。誰の心でもない自分の心ですから、難しい理屈は後回しにして、先ずはクンバハカ一番です。



 クンバハカ法

 心と体をつないでいる神経系統は、末端に向かいますと体の神経系統につながり、中枢に行きますと脳神経につながり、心身全体に大きな影響を与えています。神経を「神の経路」とは、実にうまい表現です。

 この神経系統が外界からの強い衝撃より、感覚や感情に刺激を受けたら、瞬時に、

    肛門をグッと締め上げ、
    肩の力を抜き、
    下腹に気を込める。



 瞬時に「三位一体の動作」を同時に行う方法がクンバハカです。
 クンバハカは神経系統が受けた衝撃を、緩和させ、調節して、心と体の安定を維持させます。

   * 肛門を締めることで、仙骨神経の安定。
   * 丹田の気を込めることで、腹腔神経の安定。
   * 肩の力を抜いておろすことで、横隔膜神経の安定させ、活力の充実させます。



 クンバハカ法は自律神経の交感神経と副交感神経のバランスをはかり安定させますから「神経反射の調節法」とも称しています。交感神経と副交感神経のバランスの乱れが、万病の元になっていますので、クンバハカががいかに重要かが理解できます。

 初心者向けの練習法のコツとして、両手の小指を丸めて締めると 肛門が締まり、肩の力が抜けます同時に 両足の親指を締めると下腹に気がこもります

 この方法がだんだんに熟練してきますと、手の小指か、足の親指の一本でも軽く締まっていれば、無意識のうちにクンバハカが持続でき、寝ている間でもこの体勢なってきます。

 日常生活のなかでクンバハカを習慣化させるよい方法として、折あるごとに、時あるごとに、クンバハカの姿勢で深呼吸をすることです。深呼吸は先ず肺の中の汚れたガスを出すことから始めます。肛門を締め、肩を落とし、下腹の方は気にせずに息を出すだけ出して、出し切ったところであらためて肛門をグッと締め、肩を落として息を吸い込みますいっぱい吸い込んだ時点で、また下腹にグッと力を入れた状態でハーッと息を出します。この深呼吸を一回に二度か三度繰り返えします。

 活きているかぎりは呼吸をしなければならないのですから、面倒がらずに実行することを勧めします。朝から晩まで、寝ている間もこの呼吸で過ごしていますと、いざという有事の時に、特に意識しなくても、自然にクンバハカ体勢ができるようになります。

 また、常日頃からクンバハカの練習を心がけて、ちょいとした立つ時にも、電車やバスに乗る時も、降りる時も、歩いている時も、クンバハカの姿勢で行うようにします。仕事中でも折にふれこの体勢でやるようにしていくと、ついには何時でもどこでも臨機応変にクンバハカができるようになります。そうしますと常に落ちついた気分となり感情を制御することができます。これまでのようにやたらと感情や感覚に引きずり回されるようなことが少なくなります。

 クンバハカには「自然クンバハカ」、「相対クンバハカ」、「絶対クンバハカ」の姿勢があります。クンバハカ体勢が習慣化されてきますと、特に意識しなくても、寝ている間でも肛門と下腹が、三分ほどに軽く締まった「自然クンバハカ」になってきます。また、通常に生活をして普通に呼吸している時は、肛門と下腹が六分から八分ほど締まった「相対クンバハカ」の体勢になってきます。

 そして、外界から突然に大きな衝撃を受けた時や、危機的な有事の際に、瞬時に肛門がグッと締まり、肩に力が抜け、下腹に気がこもり、グッと息を止めた「絶対クンバハカ」の体勢で身構えるようになります。そうしますと地震などの有事の時でも、心の動揺を鎮め安定を維持し、冷静な行動ができるようになり。さらに、生死に関わる非常時には「絶対クンバハカ」をして、眉を見開いて少し上げ、眉間に意識を集中させますと虚心平気に行動することができ、危機一髪の生死の境から奇跡的に助かることにもなります。

 クンバハカの練習で、最初のうちはクンバハカを忘れてしまい、肛門が締まってないことに気づいたらすぐに締めるようにします。肛門がゆるんで「しまった」と思ったら、気にせずにすぐ締めればよいわけです。初めはなかなか思うように行きませんが、折りあるごとに練習を繰り返えすことで習慣化されてきます。

 方法は単純ですが、何時でもどこでもいざという時、瞬時にこの体勢をとれるまでには、やはり3ヶ月から半年の練習が必要となります。



 クンバハカの由来

 クンバハカとは、古典サンスクリット語で「聖なる体勢、満たされた状態」をいいます。もともとはヨーガの修行者が、難行苦行に耐え得る体を造るために創意された行法です。

 クンバハカは自分で会得しないかぎり、たとえ師であれ、親兄弟であっても伝授できない密法とされてきました。実際に自分で会得しない限り言葉で教えることに限界があるからだと思います。ヨーガではこの体勢を「壷の中へ水をいっぱい入れた状態」と表現しています。

 わが国でも古くから「止気の法」と称し、生命エネルギーである気が体外に出てしまうのを防ぐ法として、武芸者や僧侶の間で普及していました。「肛門が緩む(ゆるむ)ことで、気が削がれる」と認識されていました。

 今日でも一流のスポーツ選手は、厳しい練習を繰り返すなかで、この方法を自然にマスターしていると思います。筋肉の疲労が限界にきても、クンバハカをすることで、さらに20%ほどパワーアップすると言われています。また、一流といわれる歌手も発声練習の過程でこの方法をマスターしていると思います。でなければあの声量はでてきません。

 天風哲人はかつて悪性の肺結核を患い、死に逝く絶望の旅路で、ヨーガの聖者と奇遇の縁を得て、ヒマラヤ山麓のヨーガ里へ行き、命がけの厳しい修行に入りました。弱2年間にわたり生死をかけた難行苦行に取り組み、ついにクンバハカを会得し奇跡的に命の甦りを果たしました。このあたりの情景は、大井満著「ヨーガ里に生きる」に詳しく素描されています。

 命の再生を果たして日本へ帰国した後に、なぜクンバハカをすることで命の甦りができたのか、医学と心理学の方面から分析し、探求に探求を重ねて、クンバハカが神経反射の調節に最も効果的な方法である確信に至りました。

 しかし、たとえどんなに効果的な方法であっても、人々の命を救うためにヒマラヤ山麓のヨーガ里に連れて行って修行させるわけにゆきません。しかも、そこへ行ったからとて誰れもが会得できるものでありません。それに一般の人にとってはヨーガの修行が目的でなく健康が目的なのですから、なにも秘伝などと言ってもったいながらずに、ヨーガの里で修行しなくても、あんな難行苦行をしなくても、日本に居ながらにして誰もが簡単に会得できる方法はないものかと、さらなる探求を重ねました。こうした探求の中から創意されたのが「天風式クンバハカ法」と称するものです。

 極めて優れた創建なのですが、方法があまりに単純なため、ついつい軽くみてしまい、却って実行がおろそかになってしまいます。真理はつねにシンプルなものです。ここで私がくどくど説明するまでもなく、先ず実行です。クンバカハを実行すれば、絶大なる効果がそれを実証します。

 以下、私のことながら、

 「何としても怒り悲しみ怖れを抑制する事の出来ない時は、
  そういう時こそクンバハカ密法の修練に最も都合のよい時であるから、
  一段と真剣に実行するがよい。」
(天風箴言)

 私は毎日がクンバハカの練習でして、いつもこの姿勢を心がけています。そして「これは有事になるかな」、「これはいかんな」、「これは危ないぞ」と直感した時、瞬時にクンバハカ体勢で身構えることができるようになっています。

 そうしますとたいていの場合、肩の力が抜けて、下腹に気がこもり、頭へ昇りかかった血の気がスーと引けて、冷静に対応できるようになっています。

 練習法はすでに書きましたが、その他にも、散歩しいている時に深呼吸をしながら、肛門を締める練習をしています。また、電車に立ったままで乗っている時や、シャワーをしている時、つま先立ちのまま踵を床につけずに小さく上下運動しますと、肛門がグッグッと締まってきます。これは私が立っている機会に実行している練習法ですが、過去に一度だけ失敗した経験があります。飛行機のトイレの前で順番待ちの時間を利用してこの上下運動をやっていましたら、前に並んでいた人が、私にトイレを譲ってくれました。小用をたしながら「なんていい人なのだ、なんでかな」と考え、ふと思い至りました。それからというものトイレの前だけはやめました。