超日本人の時山田雅晴(著)より


 古神道

 神道という名称は、仏教と区別するためにつけられた言葉である。古神道とは、国家神道、教派神道と区別するための言葉であり、仏教が渡来する前の縄文・弥生時代の信仰であり、自然と祖先神を中心としたヤオヨロズ(八百万)信仰の事を言う。

 日本人は一切に神が宿ると考えていた。万物が仲間同士であるという万物同根思想が根底にある。この古神道に「自神拝(自霊拝)」と呼ばれる鏡を使った奥義の行法がある。これは鏡に映る自分の神性に向かって拍手を打って拝礼し、自己の神性・霊性を高める方法である。

 自神拝で自分を拝むというのは、自己を過大に評価する事ではなく、自己に秘められた神性を自覚する事であり、自分に宿る無限の可能性に目覚める事である。そして、家族と自分、祖先と自分、天地の神と一体であり、万物と一体であり、永遠の命であると実感し、自己に秘められた宇宙意識に目覚める事である。

 古神道ではこころこそ神であるとする。人間は修行して神になるのではない。この身このままが神であると知って神の行いをすれば、すぐにそのまま神なのである。神と人間である自分を隔てているものを取るのが修行である。カガミの真ん中のガ(我)、つまりエゴ、そのガを取るとカミ(神)になれる。

 宗教が宗教であるための条件とは、「教祖」 「聖典」 「教義」を有している事であるが、古神道の場合、教祖はいないし、聖典・教義もない。なぜなら、神道は教(おしえ)ではなくて、道(みち)だからだ。人間の肉体を「神の宮」とし、直霊が「ご神体」になっている。神道とは、神に至る道であり、自分の足で踏みしめて歩いていく道である。神道という教えや宗教があるわけではないのである。